今、ここ、わたし

今の私が考えていること、行動してること、

ここに在る

私とあなたが出逢ったことが奇跡。

毎日何事もなく過ごすことができたのも奇跡。

 

当たり前など無い。

 

日々 ありがたいなぁと過ごす。

誰に向かってなのか 何に向かってなのかわからないけども 「ありがとう」と1日一度は声に出す。

 

今 こうやって 在ることが ありがたい。

 

30代から20年 その3

40歳を越えてからの動きが半端ない程スピードアップした。

勝人さんに出会い
メガネに関わることから人脈が広がり
広がったことで 未知の世界へいざなわれた。

金子幸子さんと知り合ったことで レイキというものを知った。
何かさっぱりわからないけれど なんとなく氣になって 何度も何度もレイキ交流会に参加した。
いつも幸子さんが言ってたのは
「レイキとは 宇宙からの愛と調和のエネルギー」
だということ。
何回聞かされても さっぱりわからなかった。

レイキってなに?
エネルギーってなに?
愛と調和ってなに?
私の中で「???」と疑問符がいっぱいで レイキ交流会に参加してる人たちがそのエネルギーを感じているのを「へぇ〜…」って眺めていた。
私には全くわからん。

それでも わからないなりに 何かを欲していたのか 幸子さんにレイキヒーリングを何度も個別でしてもらっていた。
なんとなく あったかいな〜とか サーッと体に何かが通る感じとかがやっと感覚としてわかってきたけど それでも コレって何?って感じだった。

そんな中 レイキ交流会後に小林春日さんが幸子さんの施術を受けに来て 私の様子がおかしいので初めてお会いしたけど「このオイル(エッセンシャルオイル)の中から適当に手にとってかいでみて!」と言われて言われるがまま 適当に手にとって香りをかいでみた。
その中で あ。これ好き。というのがクローブだった。
「うん。わかった!ちゃんとセッションしましょう」
と何かのイベントに別な日に誘われて行くことにした。

春日さんのセッションで色々と視てもらい その中で言われたことが
「母方のおばあさまかしら?男の子でも女の子でも関係ない。生まれてきてくれただけで可愛い可愛いと言っているわ」
と教えてくれて号泣。
それがきっかけで レイキを習おうと思ったのです。

私の中で レイキ=ご先祖様と繋がる という感じになったようです。
レイキ=霊気=霊=ご先祖様
という感じ。

30代から20年 その2

自分がメガネをかけたことによって 不思議なんだけど少しずつ自分に自信がついてきたのか メガネに関してだけは全く知らない人にでも話すことができるようになってきた。

人見知りなのに。

眼鏡屋店主の話を沢山聞き レンズ講習にもわからないながらも参加して 少しずつメガネの知識が増えてきた。
顔を見てこの人は眼鏡が必要そうだな?とわかるようにもなってきた。
で 周りを見渡すと 北斗に有るような素敵なメガネをかけている人が居ない。
みんなこんな素敵な眼鏡があるの知らないの?
こんなお店があるの知らないの?
って事で 勝手に広報部長を名乗り 名刺まで作ってもらい eyewear shop北斗のフライヤーと共に配り始めた。

そんな中 Facebook内で イベントの情報を見つけて ボランティアを募集しているというので行くことにした。

そのイベントで出会ったのが 癒し処ハーモニーの金子幸子さん
https://www.harmony-6.com/
と ツムギテのお手伝いをしていたMちゃん。

この二人が私の今後を大きく揺さぶる役割をしてくれた。
私に影響を与える沢山の人達に出逢わせてくれたしアドバイスやお話も沢山してくれた。
感謝しかないです。

30代からの20年 その1

30代の頃に 仕事を辞めて結婚して な〜んにもしなくなってから 『何者か』になりたくて仕方がなかった。

何者でもない 焦りや寂寥感。
何者かになりたくて でも 何になりたいのかわからなくて…

仕事をしてる人は ちゃんと仕事しててすごいなって憧れてたし 趣味を楽しんでる人もいいなって思ってたし 結婚しちゃったから恋愛に溺れるわけにもいかないし 私は どうしたらいいんだろうと本気で途方に暮れていた。


40代になる時に 眼鏡屋の店主の言葉がフリーペーパーに載っていて (何だこの生意気なおっさんは)と思って興味を持った。
年上だし 社長だし 生意気なことを言ってても当たり前なのに なぜだか氣になった。

当時の私はメガネをかけていなくて だから行く用事もないしと思っていたところに東京からメガネをかけた友達が来るというので誘ってみた。

友達は自分の好きなメガネをすぐに見つけて購入していて その間に私は一人で色々とメガネをかけまくっていた。
眼鏡屋さんで伊達メガネを買おうと思って入ったことがあったけど似合う眼鏡が無くて 私はめがねなんか似合わないと思っていたのに このお店の中には似合いそうな眼鏡がいっぱいあって凄く楽しかった。

さて 友達が会計を済ませて帰ろうとしていると私に 店主が「目を測ろう」と言ってきた。
私は視力が両目とも2.0なので「目は良いのでいいです」と言ったら 食い下がってきて「イヤ 目ぇ悪いから ちょっと測ろう」と再度言ってきた。
「いやいいです」の押し問答の末に言われた言葉が「目が死んでるから測ったほうがいい」と のたもうた。

こちらとしては「!!??(・o・)(☉。☉)!」でビックリですよ。
初めましての客に対して「目が死んでる」とは…

かなりショックを受けて フラフラと検眼室に促されて椅子に座り目をみてもらうと 「軽い遠視と軽い乱視でプリズムがある。」と言われてそれを矯正するレンズをかけさせてもらうと 見え方が違って 楽になった。
そんなこんなでメガネを作ることにした。

これがeyewear shop北斗 の大川勝人さん
http://hoku10.net/
との出会い。
ここから私の運命が変わっていく。

長くなったので続く。

寄付についての考え方

寄付についての考え方が今と昔ではかなり変わった。

昔は 偽善でしょ〜とかなり斜め目線でふんっと鼻を鳴らして見ていたけれど 少し前から 偽善でもいいから 寄付してみようかなとほんの僅かばかりの寄付をし始めて 今では 自分がどこに寄付をしたいかな?ここかな?それともここかな?もっとよく調べてみようかな?ここにしよう!とかなり前向きに寄付をするようになった。

それは何故なのかな?と考えた時にあぁ〜これは 心の余裕が出来たからなんだなと思った。

それと 今は 寄付を 好きなアーティストや俳優さんなどにする『課金』と同じ感覚でライトに変化している。

心の余裕と 少しばかりのお金の余裕ができたからこそできる 寄付。

昔はそんな余裕なんて全く無かったもんな〜。

こんな風に変われた自分が嬉しいです。

8年前の今日

この一年のまとめ。
(何回まとめたら気が済むんだか(笑))

2月からのこの一年
激動の一年だった。

最終的に
私は私のままでいいんだ。
と 周りの人の言葉で励まされた年だったように思う。

小さい頃から父親に頭ごなしに怒鳴られたり殴られたりずっと頭を押さえつけられて29年間生きてきてた。

30になる年に旦那と結婚して家を出て ようやく父親の呪縛から逃げられたと思ってた。

だけどそれは 実際に父親から手をあげられたりしなくなっただけだった。
心の奥深いところでは まだまだ根深いものがあって そこにまだ囚われていた。

その 根深い部分の解放と 旦那への生活の基盤にたいしての感謝がここに来てわいてきた。

根深い部分は 完全な解放ではないけれど 多少許すことのできる自分の余裕ができたという感じ。
旦那への感謝は 今年はかなり出歩いたし いろんなことに参加するための費用は自分の働いたぶんで足りなかったら旦那の稼いできたとこから行かせて貰ったりしてたから 生活の基盤がなければ行けなかったことなので 感謝している。

独り暮らしだったら絶対に無理だったもん。

来年はもう少し 旦那のことを大事にして生活しなきゃなぁと思ったり。

こうやって 旦那の話をここでするようになったのも つい最近からだと思う。
自分の中でなにかが変わったんだろね。

そう・・・ で・・
私が私のままでいいんだ。って思わせてくれた言葉が
「感情を出していいんだ」
「思ったことを話していいんだ」
「素直な感情を顔に出してもいいんだ」

なんか そういう 感情面でのことをよく言われた。

私は思ったことが直ぐ顔に出てしまうらしく ポーカーフェイスを装っても直ぐばれてしまうようで それだけ感情に蓋ができなく恥ずかしいこともいっぱいありますが だけどそれを見て 出していいんだ!って思ってくれて そしてそれを私に伝えてくれた人がいたので 凄く嬉しかったです。

私に関わってくれたすべての方に感謝。
私を私のままでいいと言ってくれた人に大感謝!
照れるけど ありがとうなのです。

なんだかしっちゃかめっちゃかで読みづらくてごめんなさい。

ただ伝えたいことは
感謝。

ありがとうなのです。

文章だけだと焦れったい!
感謝のハグしてまわりたいくらい!
今度逢ったらハグさせてね!